私は「みそかつ」「ひつまぶし」「名古屋嬢」でおなじみの愛知県名古屋市に生まれました。実家は祖父、祖母、両親、妹という今では珍しくなった3世代同居家庭で育ち、大学卒業後OL生活を経て、当時大手石油会社の名古屋支店に勤めていた今の夫と合コンで知り合い、結婚しました。 この結婚がそれまでのほほ~んと過ごしていた私の運命を大きく変えることとなるのです。

結婚式の数ヶ月前に夫に辞令が下りて新婚生活は船橋市で始めることになりました。不慣れな土地で派遣OLなどをしていたのですが、まもなく妊娠がわかります。しかし運命は皮肉なもので夫の両親に報告した翌日、義母が検査入院してしまい。そのまま帰らぬ人に。。。

当時朝霞市の助役を務め、気丈だと思っていた義父が泣き崩れうなだれる姿に、何とか心の支えになろうと、朝霞市に転居することを夫と決意します。

平成13年に長男を出産します。母という立場になり、この頃から息子が大人になった時の未来に漠然とした不安を感じ始めました。母という目線、生活者としての目線で地域を見てみると、コミュニティが意外と希薄であること、公園でのママ友との会話では小学校の学級崩壊が深刻であること、多くのお年寄りがひとりで暮らしていることなど、母になるまで気がつかなかった多くの問題がこの地域にもあると感じました。

そんな折、夫が勤めていた会社を退職。この地域で生きていく覚悟をもって自営業を始めます。何不自由ない生活を送っていた私たち夫婦にとっては試練の日々がやってきました。

商売は資金繰りが大変です。買い集めたブランド品を次々に売却したのもこの頃です。 数年が経ち、徐々にではありますが生活にゆとりが生まれてきました。私は以前から感じていた漠然とした不安を解消するために、今の社会の状況について本や勉強会やボランティアへの参加を通じて学び始めることになります。しかしそれは同時に、学べば学ぶほど今の社会の状況に不安になり、子どもたちの未来のために自分は何ができるか、何か行動できないかと模索する日々となります。

そのような中、幸運にも政治塾に合格し、仲間と切磋琢磨し学ぶことになります。子育て世代の政治への参加の必要性を痛切に感じました。この地域がもっともっとコミュニケーションが活発になり、子どもを安心して育てられる、夢ややさしさに溢れる街になるように、妻・母・女性として、生活に直結している政治に取り組む決意を固めました。

こうして、初めての選挙では右も左もわからないながらも、皆様のご支援をいただき、2473票という多くの票をいただき、当選させていただきました。 現在、朝霞市議会において民生常任委員会 委員長・議会だより編集委員会 副委員長等拝命し、奮闘している毎日です。

























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